結婚式の見積書を見た虹夫さんが言った。
「リングピローがキャンペーンで無料で入ってるけど、使わないなら使わないでいいんよな?」
ん? まぁ、それでも構わないとは思うけど、使わないの? なんで?
私は無言でパニック。
「指輪、無いんやし」
ん? え? あれ?
もしかしなくても、私が婚約指輪はいらないと言ったことを拡大解釈して、結婚指輪もいらないと思ってらっしゃる?
あら嫌だわあなた。お待ちになって。
婚約指輪は日常的に身に着ける訳でもないのに高価で華美。実用性を感じないので、それならば『判子』が欲しいのだとお願いしたのですよ私は。
結婚指輪もいらいないなんて一言も申しておりませんわ。
しかし完全に『指輪=不要』と思い込んでいる虹夫さんに、どう言えば良いのか分からずにモヤモヤを抱えたまま黙り込む私。
ここですぐに言えれば良かったのだろうか。
別の日には、虹夫さんがお母さまとのやり取りを話してくれた。
「指輪はどうするの? て言うから、指輪はいらないから判子が欲しいっていうからあげた、て話した」と。
お母さまの反応は? と聞いたら「ポカーンとしてた」と笑う虹夫さん。
ごめんなさい、お母さま。違うんです。いや、違わないけど違うんです。
どうすればこの誤解を解けるだろうかと考えあぐねていたけれど、ある日虹夫さんのお友達のお店で飲んでいた際、お店の女の子が指輪はどうするんですか? と聞いてくれたのを機に思い切って打ち明けた。
女の子にいつものように「指輪はいらないって言うから」と話す虹夫さんに、実はね、と切り出した。
「確かに婚約指輪は実用的ではないと思うので、それなら実用性のある判子が欲しいとは言った。でもそれは婚約指輪であって、結婚指輪ではないのよ?」と。
ポカンとする虹夫さん。
「いらんって言ったやん」
「婚約指輪はね」
「いやいや、指輪はって言ったやん」
そこで過去のブログをスマホで開き、証拠書類さながらに提示。私はあくまでも『婚約指輪』にしか言及していないことを示した。
困惑する虹夫さん。
笑ってみている女の子。
ちょっとズルくて残酷だったかな? とは思いつつ、良い機会なのでそこで一通り私の願望は伝えた。ごめんなさい、結婚指輪は欲しいです。
でも、話した結果虹夫さんがやはり結婚指輪は不要だと判断したなら私はそれに従うつもりだ。私の考えは話したのだから、それにどう答えを出すかは虹夫さん次第。
以降、私から指輪の話はしていない。
一度お友達が「指輪どうするん?」なんて一緒に食事している時に聞いてきたものだから、ちょっと焦ってしまったが。そこは取り敢えず流した。
それから暫く経ち、お出掛けの帰り道。
少し時間が早いからどこかに寄ろうかとなったので、最近オープンしたばかりのリユースショップへ行くことにした。
新生活を始める際には使えるものは引き続き私のアパートから持ち込みたいけれど、20年以上も独り暮らしをしているので家具も家電もどれも年季が入っている。比較的新しく充分に使えるのなら、中古品で揃えるのも有りだと私は考えていた。
虹夫さんは中古品に抵抗はあるのだろうか。
衣料品からバッグのコーナーを回っていると、虹夫さんがいくつかのリュックを物色し始めた。
更に家電のコーナーでは冷蔵庫などを見ている。私の使っている冷蔵庫は単身世帯用なので、それでなくてもお酒を入れるスペースに苦労している。やはり大容量が必要になるだろうか。
ふとダイニングテーブルが目についた。椅子が二脚のシンプルなデザイン。これ、良いかも。
「別に使えるなら、中古で揃えてもいいと思ってるんよな」
虹夫さんの言葉に、どこかで感じていた緊張が解けた。
「じゃあ、こんなのも?」とダイニングテーブルを指す。
虹夫さんとしてはローテーブルで座布団を使うのでも良いと思っていたようだけれど、年齢も年齢なので最近私も膝に不安がある。虹夫さんも立ったり座ったりする際の動きが難儀そう。
「こっちの方が楽だよ!」とニコニコ推してみる。「それもそうか」と虹夫さん。
最終的には新居の間取り次第ではあるけれど、家具にダイニングテーブルも選択肢に入れてもらえて嬉しくなってしまった。
価値観の擦り合わせ作業は、これからまだまだ続く。