アラフィフ婚のすゝめ

アラフィフ婚夫婦の日常つれづれ日記

【連載】絶妙アンバランス③「判子ください」

12月に入り、再就職してから数日。彼が仕事帰りにお迎えに来てくれると連絡をくれた。

 

前職時代は度々そうやって束の間のドライブデートなどをしていた。

春に私が退職をしてからはそれもなくなり、週1~2度の大切な時間もなくなって、彼と時間が取れるのは週末のみになっていた。

 

今回の職場は以前の場所とそう遠くなく、レインボーさんとの待ち合わせ場所も難なく決定。

 

私のアパートまで送ってくれたりなんかしたら明らかに彼にとっては遠回りなのに、そんなことないよと平然とハンドルを握る彼に、いつも感謝している。

 

渋滞に捕まるのも、それだけ長い時間を一緒に過ごせるので苦にはならない。

この日も予想に漏れず道は混んでいたが、その分たくさんのお喋りを楽しんだ。

 

だいぶアパートも近くなったタイミングで、レインボーさんが突然こう言った。

 

「ぶっちゃけて聞くけど、誕生日プレゼントなにがいい?」

 

ぶっちゃけたなぁ、おいっ! (びっくりしすぎて本当にそう返した)

 

ちょ、直接聞いちゃうんだ。でも、その方が間違いはないな。うむ。

などと自分に言い聞かせていると、レインボーさんは慌てたように付け加えた。

 

「エアロバイクは買わんけん! 猫もかわんけん!」と。

 

いつぞやしつこくおねだりした商品ですね。大丈夫です、もう言いません。

そして、つい最近までおねだりしていた神のごとき存在ですね。仮に今プレゼントされても、うちのアパートはペット不可なので無理です。

 

「炊飯器とか」とも言い出すレインボーさん。

我が家の炊飯器は私が独り暮らしする際に兄夫婦に譲ってもらった五合炊きだが、その時点で少し内釜のコーティングが剥がれていた。それが長年の使用によって更にヤバいところまで剥がれてきてしまっていた。

その話を以前にしていたので、さすがに健康的にも危ないと心配してくれたのだろう。つくづくいい人だ、貴方は。

 

しかしだ、色気がない。

尋ね方もぶっちゃけだったし、猫はともかく誕生日プレゼントにエアロバイクか炊飯器。いや、エアロバイクは却下されているが。

 

「色気のないもの……」と、思わず呟く私。

これだけぶっちゃけられて色気のない話を振られて、私の対抗意識に火が点いた。これは色気のないものをリクエストしなければ!

 

「判子!」

「は?」

「判子が欲しい! 色気ないやろ?」

 

唖然とするレインボーさん。そりゃ意味が分からないだろう。説明することにした。

 

貴方の苗字は、読みは特に珍しいものではない。だが漢字はあまり一般的ではない。殆どの姓を網羅しているシャチハタでさえ特注でなければ購入できない。たぶん値段も割高だろう。

だから、貴方の姓のシャチハタと朱肉印のセットが欲しい、と。

そもそも私は普段から指輪をする習慣がなく、『婚約指輪』というものに実用性を感じていなかった。

いや、婚約指輪に実用性を求めることがそもそも間違いな気もしないでもないが。

 

それなら、確実に今後使用することになる彼の姓の判子の方が実用性高くね? と考えた次第。

 

これ、今考えなくてもプロポーズにならないか? 言ったその時はそこまでの意味で言ったのではないけれど、いずれ必要になるのだから買ってくれ、程度だった。

 

レインボーさんは動揺していたのか、なんだか必死に「判子は高いぞ」と言った旨の発言を繰り返し、最終的には誕生日プレゼントは三合炊きの炊飯器に落ち着いた。

 

うーん、やはり判子は自分で買うしかないか。

炊飯器は頻繁に使うものなので、誕生日よりも少し早い日に仕事帰りのレインボーさんがアパートに届けてくれた。お米はもちろんレインボーさんの実家で栽培された、なつほのか。

 

それから数日後、今度はレインボーさんからクリスマスプレゼントのリクエストがLINEで届いた。こんな感じのキーケースが欲しい、と画像付きだ。

とてもシンプルなデザインだがかなり使い込まれているようで、よほど思い入れがあるのだろうと感じた。

早速ググってみるものの、ピンとくるものがない。これは店頭を回って探すしかないな。

 

ある日、インフルエンザの後遺症的な感じで重い気管支炎に罹ってしまっていた私は耳鼻科の受診も兼ねて仕事を休んだ。診察開始時間まで自宅で安静にしていると、レインボーさんからLINEが届いた。

 

「事故った」と。

 

血の気が引く。詳細を知りたいが、向こうは混乱しているかもしれない。そんな中でも私に一報だけでも入れてくれたのだろうから急かしてはいけない。

激しく咳き込みながら、心臓バクバクで続報を待った。

 

結論から言うと、レインボーさんが追突してしまった形になるのだけれど双方怪我なし。先方の車が大変防御力が高かったとかで、傷もなくドライバーもぶつけられたことに気が付いてもいなかったと。

 

なんと双方ともに運が良い。だが、事故は事故だ。私は閃いた。

プレゼントのキーケースにサプライズを仕込んでやろう、と。

 

2日掛けてデパートやショッピングモールなどを歩き回り、1点に絞った。カラーはレインボーさんのイメージも踏まえつつ、私の好みで選ばせてもらった。名前も入れてもらった。

 

そして1223日。

この日はフライング・クリスマスパーティーをアパートでする予定だった。

キーケースは2日前に購入済みだ。

私は朝から洗濯や片づけを済ませ、氷と炭酸水とつまみになるような食材を購入。

帰宅するなりバスに乗り込み、とある神社に向かった。今年の12日にレインボーさんと初詣に行った神社だ。そこで、小振りの交通安全の御守りを頂く。これをキーケースに仕込むのだ。

 

きっと笑ってくれるだろうと期待して、月に一度の心療内科の受診を済ませるとレインボーさんとの待ち合わせ場所に向かった。

 

時間が早いので、のんびりドライブデートを楽しみ、予約していたケーキや手巻き寿司セットを購入。バッグの中の御守りを気にしつつ、アパートに帰った。

 

帰宅後は早速私はお料理開始。

レインボーさんの好きなジャコを使ったサラダ、鶏のオーブン焼き。20分で作りたかったが、なんと約1時間掛った。さすが要領の悪い私。それにしても酷すぎる。

 

とは言え、それだけ時間が掛かったことで待ちくたびれたレインボーさんがウトウトし始めたので、その隙にキーケースに交通安全御守りを仕込むことも出来たのだけれど。

 

料理が完成し、八鹿酒造のスパークリング日本酒niji(とっておきにと大事に春から残していた)を始めに、手巻き寿司を上手く巻けずにふたりで悪戦苦闘しながらも笑い合って食事が進む。

途中、罰ゲームが好きなレインボーさんの提案で、決して評判の宜しくないことで有名なチューハイやウィスキーを飲んで馬鹿笑いしたり、更におつまみを作ろうとして「このあとケーキあるんで?」と慌ててレインボーさんから止められてしまうなどした。

 

普段は見ない民放のバラエティー番組を見ながら楽しく時間を過ごしていたが、なにやらレインボーさんがリュックをごそごそしていることに気がついた。気づかぬふりをする。

声を掛けられてそちらを向くと、握った大きな手を差し出してきた。反射的に、その下に手のひらを差し出す。

 

ぽとりと手のひらに落とされたのは、シャチハタ。えっ?!

 

こ、これはもしかして、誕生日プレゼントにリクエストした貴方の姓のシャチハタ?

動揺しつつも嬉しさが湧きだす私。朱肉印ではなかったけれど、充分すぎるほど嬉しい!

 

急いで私も箪笥に隠していたキーケースを取りに行く。

早くお返ししなければと、慌ただしく差し出してしまったのは反省。

 

カラーに対しての感想はよく分からなかったけれど、満足そうに見えたので私も満足。更にその先を気づいてもらえるかドキドキしつつ様子を伺う。まんまと「なんだこれは?」とポケットに挿しこまれた御守りに気がつく。取り出してじっくり眺め、それがなんであるのか、意図はなんなのかを理解して苦笑いで吹き出した。私も悪戯っ子のように笑ってやった。

 

お互いに笑顔溢れるプレゼント交換になった。こんな楽しいクリスマス(の前々日)は初めてだろう。

 

更にお酒が進み、テレビから流れるランキング結果を予想してああだこうだと歓談。

あまりにも楽しくて、シャチハタが貰えたことが本当に嬉しくて、私は再びレインボーさんがなにやらごそごそしていることに気がつかなかった。

 

「もうひとつある」と言われて、そちらを向くとレインボーさんが小さな小さなギフトバッグから何かを取り出すところだった。

 

差し出されたものを見て、思考停止。大きなサイズの黒い判子ケース。

ん?

 

さっきシャチハタもらったし、判子は高いと言葉を濁してもいたし、ジョークの好きなレインボーさんのことだ。これはケースだけだ! 面白ーっい!!

と受け取って、息を飲む。重い!

 

ケースを開く。表と裏を間違えていなくて良かった。

鶴と亀のおめでたい蓋裏の刺繍、金ぴかの印材、誕生石を思わせる石があたりに付いている。

印影はもちろん彼の姓。

 

驚く私に、レインボーさんはそれはそれは多弁になって説明をしてくれた。

要約してしまうと(ごめんんさい)、あの誕生日プレゼントのリクエストをぶっちゃけて聞いたあの日の私の言葉に、誠実に考えて考えて出した答えがこれだったと。

「婚約指輪の代わり、てことで」

と、言ってくれた瞬間、胸が熱くなった。気持ちが込み上げるっていうのは、こういう現象なのだろう。

 

改めてお互いに「よろしくお願いします」と頭を下げて、私たちは婚約した。

 

名前を変えるのが面倒だから事実婚でいいよ、と公言していた私が180度の転換。

いったいどうした。自分でも理解が追いつかない。

 

でも、それが私がこの人とずっと居たいと思う気持ちの流れの行き着く先だったのかな、と感じた。

 

その日から、長年レインボーさんを応援していたお友達やお世話になっている方々に少しずつご報告していった。本当にお待たせして申し訳ない。

 

そのうちのひとりのお友達からは「すげぇな! 逆プロポーズやん! やったなぁ!」と声を掛けられた。……あ、やっぱりあれって、プロポーズになるのかな?

 

「そうやろ! 貴方の名前の判子がほしいとか、プロポーズ以外の何があるん!」

 

そ、そうですよね。その場ではそんなつもりなくて、ただ「何が欲しい?」て聞くから実用性だけを考えて素直に答えただけだったのですけど……。

 

ま、まぁ、結果オーライということで……。

 

アラフィフ卯年の歳女、凄まじい激動の一年だった。

当ブログを始め、いくつかの文学賞に挑んで玉砕したけれど、挑戦した自分の成長は認めたい。

婚約はしたものの、入籍までは少しばかり解決しなければならない課題がある。両家の挨拶とかね。この連載は、もう少し続くことになるけれど、一先ず3度目の完結。

来る歳を更なる成長の一年にしたいと願いつつ、皆さまのご多幸をお祈りいたします。

よいお歳をお迎えください。

 

お読みいただき、ありがとうございました。