実父は若すぎたとは言わないが、鬼籍に入るには早すぎた。私とは仲も悪かった。
将来を心配してくれていただろうけれど、親孝行など欠片もすることなく永遠の別れとなった。
そんな父とのことを思い浮かべながらの第5話スタートです。
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年末年始はイベントが目白押し。まず私の誕生日があって、クリスマスがあって、年の瀬街中イベント、大晦日、初売りに初詣。
彼という存在が出来て初めてのクリスマスは、これも初めてのプレゼント交換なんかもして、遂に私もリア充と言われる立場になったのかとしみじみした。
プレゼントは私からは手編みのハンドウォーマーとニット帽。レインボー氏からは誕生日プレゼントとあわせて、錦鯉のイヤリングと可愛らしいハンドクリームのセット。いつものお店で和やかに過ごした。この当時はまだまだ汚部屋だったので、私の部屋で過ごすなんてまったく考えもしなかった。
大晦日は前日の街中イベントで散々盛り上がっていたし、レインボー氏は買い物があると言っていたから私は適当に近所のスーパーにでも行こうと思っていた。それが、直前に「買い物付き合う?」と連絡が。お邪魔でなければ勿論行きたい。すぐに了承の返信をした。
買い物はおせちやオードブルの受け取りと、お寿司の盛り合わせなどの買い出し。ご両親と3人暮らしにしては量が多いなと感じたけれど、ご親戚が近所に大勢いるようなのでその為だろう。おせちとオードブルはお友達が運営している事業所や馴染みのお店。
案の定、顔を出すと結婚を促すような発言でからかわれてしまう。もうだいぶ慣れた。
一通り買い物を済ませ、後は帰宅するだけとなったところで私はひとつお願いをした。実家に寄ってほしかったのだ。
実は少し前に県外に住む妹から大量に蕎麦が届いたとかで、都合の良い時に取りに来るように母から連絡が来ていたのだ。実家は私の住むアパートからそう遠くはないが、バスの本数が少なくどうにも億劫で先延ばしにしていた。とても身勝手な理由だが、今こうして車に乗せてもらっているのでついでに連れて行ってもらえないかと思ったのだ。
レインボー氏は快く引き受けてくれた。実家の兄夫婦はきっと兄嫁実家に出掛けているだろう。実家前に車を停めてもらえれば、私だけ降りて玄関先で母から蕎麦を受け取ってしまえば良い。
その憶測が甘かった。
江戸時代は宿場町だったが、今はすっかり過疎ってさびれた田舎町に私はレインボー氏をナビした。実家は小さなお宮の参道沿いにあり、レインボー氏に参道まで入ってもらうようにお願いした。
これが大失敗。
初詣の参拝者向けに神社は幟旗や幕が掛けられ、参道にはずらりと大量の灯篭が並べられていた。しかも、甲類焼酎4リットルボトルで手作りされた代物。そうだった、今日大晦日だったわ。
灯篭は車が通られる程度には幅は取られていたが、レインボー氏にとっては衝撃の光景。丁度作業をしていたおじさんがこちらに気づいて、「大丈夫ー、通れるよー」とばかりに手招きしてくれたのだが、明らかにレインボー氏は動揺している。ごめんなさい。この神社、そうなのよ。
でもそこは竹灯籠じゃないのか氏子の皆さん。どんだけ焼酎飲んだのよ。
レインボー氏は慎重に車を進め、実家の前まで来た。私は急いで車を降りると玄関に向かい扉を開けた。そこには、出掛けている筈の兄と兄嫁がいた。私の読みよりもゆったり行動していたらしく、これから兄嫁の実家に向かうところだという。
息を飲み、慌てる私。レインボー氏の車はガレージの入り口を塞ぐように停めていたから。急いで兄にはすぐに車を移動させるから待ってと伝え、レインボー氏に車を動かしてもらうよう頼みに外に飛び出した。
母と兄には、以前からお付き合いしている人がいることだけは伝えていた。だが対面の挨拶はきちんと場を整えようと思っていた。まさかこんな慌ただしい中でのご対面になるとは。
おろおろしている私を尻目に、兄は長男に車を出させながらレインボー氏に挨拶をした。レインボー氏もやや緊張気味に挨拶を返す。お互いの笑顔が少々強張って見えたのは気のせいだろうか。いや、これだけ突然のことなのだから無理もないか。
その流れで舞い上がっている母とも引き合わせることになったのだが、兄嫁が「ここじゃなんだから上がってもらったら?」などと気を利かせてきた。いやいや、彼は生もの買ってるからすぐ帰る。私も蕎麦をもらいに来ただけだから、となんとか言って引き上げることが出来た。
ほんの数分の出来事だったけれど、すべてがまさかの連続で、これは後々までお互いに笑い話として語り続けることになると思う。
それから半年。阿蘇からの帰りに将来についてレインボー氏と初めてしっかりと話をしてから1ケ月ほどが経っていた。汚部屋はほぼ片付き、最後の仕上げとばかりに全自動洗濯機がやってくる日、私は久しぶりに兄に会った。兄の協力で洗濯機を受け取り、アパートに戻るタイミングで話を切り出した。
「きちんと話しておきたいんだけど」
自然と兄の背筋が伸びる。
レインボー氏とはおそらく結婚をすること、レインボー氏の方がずっと現実的に考えてくれていること、ただ、それは今すぐではないこと等を兄に伝えた。兄も薄々そういった話になることを予測していたのか、まっすぐ前を見てハンドルを操作しながら、真摯な目で耳を傾けてくれた。
お調子者な部分もある兄だが、面倒見と責任感はかなり強い。子供の頃、共働きだった両親に代わって三人の妹の世話は殆ど兄が見ていた。そんな兄なので、いくつになっても大切な話は通しておきたかった。車内の空気が冗談の通じない緊張感を漂わせる。
私の話を聞き終えた兄は、まず簡潔にこう言った。「ありがたい話だ」と。
今まで何も言われてはこなかったけれど、やはり兄は私の将来をかなり案じていたそうだ。鬱病を発症してからは長く休職していたし、社会復帰したと言っても派遣を転々としている。今後もらえる年金などを考えても、ひとりでやっていけるのかと。誰かが一緒にいてくれる、それだけで心強い。
「まぁ、言ってもその歳なんだから、タイミングはお互いがいい時でいいんじゃね?」
ですよね! うん、本当にそうですよね! 言うてもアラフィフですからね!
帰り際に兄は、このことは母も知っているのかと確認してきた。実は、もう概ね母には伝えている。このまま枯れていくのかと思っていたそうで、大変安堵していた様子だった。兄が後回しになったのは、なんとなく父親感があったから。男親には、やはり彼氏という存在にのことは打ち明けづらいものだ。
幸い兄は手放し歓迎な様子だったけれど、父が生きていたらどのような反応をしたのだろう。もし今も生きていれば、とっくに諦めていた娘が結婚するかもしれないのだからたぶん兄と同じようにありがたがったかもしれない。
生前であれば、どうだっただろう。還暦も迎えることなく父が亡くなった約二十年前は世論も違っただろうし、想像もつかない。
でも、口はへの字に曲げているんじゃないかなって気がする。
【続く……】