14歳の頃から手書きの日記を書いていた。
時に数日サボることはあっても、その穴埋めをするように記録を残していた。
塩沢兼人さんが亡くなった時に一度は完全に辞めたのだが、半年で復活。10年続けたことは、辞めると身体や脳がうずうずするくらい中毒になっていた。
そこからの日記は義務的な要素は無くし、書きたいことがあれば書いて、特筆すべきことの無い日はサボることも自分に許した。
それでまた20年近くが過ぎた訳だが、今、目の前に今年の手書きの日記帳がある。
本日の日付け、11月26日火曜日。
その前のページの日付け、7月8日月曜日。
どうしたー? 5ヶ月は跳んでるぞー? 結婚式も引っ越しも、母ちゃんの入院手術もなんもかんも終了してるけど、その記録はどうしたー?
こんな、人生に一度だって訪れないかもしれなかった大切な日々の記録を丸々っとサボるとか、私どうかしてるぜ!!(誰だよ)
さすがに兼人さんが亡くなったショックで一時期中断した半年は越えてはいないけれど、これは酷すぎる。一応ブログではきちんと記録を残してはいるけれど、アナログの手書きデータも貴重ですよ。電源無くても読み返せるし、筆の乱れなどでどれだけ当時の書き手の感情なんかも伝わるし。
そこまで分かっていながら何故サボったよ私。
嗚呼本当に情けない。
因みに中断直前の7月8日の日記の内容は、虹夫さんとの結婚式を目前に母が入院したという事実のみ記載されており、詳細は何も書かれていなかった。
日記の概念とは……。
昨日あーだこーだあって、虹夫さんの実家から血圧計がやって来た。今週の金曜日には体重計が届く予定。
手書きの日記にはサボった分、まだたっぷりとページの余裕がある。
ブログと手書き日記の同時進行は、私には難しい。でも、この日記帳は最後まで使い切りたい。
改めて、ふたりのダイエット記録ノートに大転換してもらおうかと考えている次第。